《栃木県Webサイト探訪》

今市・日光

「栃木県の知名度、47都道府県最下位!」なんて信じられません。「世界遺産の日光」や「日光を見ずして結構と言うなかれ」などに加え、「日光は栃木県にあります!」というフレーズも広める必要があるかもしれません。そうすれば、栃木県はどこにあるの?なんて誰も言わなくなるでしょう。

かといって、日光東照宮だけを見て帰って来ても日光の良さはわからないでしょう。まずは往路、それがだめなら復路でも、是非とも自動車で日光杉並木街道を走ってみて下さい。車がなければ定期バスも運行しています。


日光杉並木:

日光杉並木
日光杉並木

江戸時代、日光街道・例幣使街道・会津西街道の3街道の整備に合わせ、杉並木が寄進されました。その後、宇都宮と日光を結ぶ日光杉並木街道の中継地点となっている今市宿周辺では、杉の葉を水車を使って粉にし、線香を作るようになり、蕎麦作りと合わせてこの地ならではの風物詩となっています。

また、二宮尊徳(1787~1856)が70歳の生涯をとじたのがこの今市と伝えられています。報徳役所跡や二宮堀などがあり、県南の二宮町と並んで、本県における尊徳ゆかりの地となっています。

二宮尊徳は、まず出身地である小田原藩領において、地主としての農業経営と武家奉公人としての財政立て直しで手腕を発揮し、名前が知られるようになりました。したがって、彼に関わる史跡や各種研究資料等については、今市や二宮町のみならず、小田原市およびその近在の諸機関にも当たる必要があります。


陽明門:

東照宮・陽明門
東照宮・陽明門

日光と男体山を開いたのが勝道上人。

まず。大谷川沿いに庵を建て(766年)、それが輪王寺の元となったとのことです。山頂を極めた後、782年に建てたのが二荒山神社。

下って徳川時代、家康を神として祀るために天海が建てたのが東照宮(1617年)。その陽明門(右図)には『東照大権現』の額が掲げてあります。

以上が、いわゆる「日光山内二社一寺」の簡単な説明です。

一方、この日光山内二社一寺に準じるものとして、三代将軍家光の霊廟大猷院たいゆういん(二荒山神社の西)、中禅寺湖畔に建つ二荒山中宮祠(中禅寺温泉街の西)、中禅寺湖歌ヶ浜の立木観音堂などがあります。

このうち中禅寺湖畔の二荒山中宮祠は、勝道上人が男体山の遥拝所として造営したもので、男体山頂の奥宮と、日光山内の社殿(奥社)と合わせ、山岳信仰上の三つ組みを成しています。


以上